私が作家として、今も活動を継続できている理由
中谷ミチコ(05年彫刻卒業、彫刻学科専任講師)

TAMABI e-MAGAZINE 2020.09.03

『その小さな宇宙に立つ人』(2019)
三重県立美術館柳原義達記念館でのインスタレーションビュー
Photo: Hayato Wakabayasi

※本記事は2019年10月31日発行「TAMABI NEWS 83号」に掲載した内容を再編集したものです。



PROFILE

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中谷 ミチコ
彫刻家。大学卒業後、自費でドイツのドレスデン美術大学に留学。2012年、文化庁新進芸術家海外研修員としてドレスデン造形芸術大学院に留学。2014年、同校のマイスターシューラーストゥディウム修了。2019年より彫刻学科専任講師に就任。

自分が目指すことを応援し助けてくれる研究室や先輩、同級生の存在

凹状に掘り沈めた石膏に透明樹脂を流し込んだ半立体のレリーフ作品シリーズの代表作が、『DOMANI・明日展』のポスタービジュアルにも起用されるなど、活躍中の彫刻家、中谷ミチコさん。現在は彫刻学科専任講師として学生の指導にあたりながら作家活動を行っている。そんな中谷さんが作家としての道を切り開いていったきっかけは多摩美で出会った人のつながりをたどっていくことで生まれた大胆な行動力だった。

「本気で留学を考えたのは大学卒業直後でした。学生時代には割と古典的な彫刻作品を作っていて『このままじゃダメだ』という思いがあり、一度自分をゼロにしたかったんです。全く知らない土地、知らない言葉の中で生活したなら自分にどんな変化が起こるだろうかと。向かった先はドイツのハイデルベルクでした」

最初は美術大学ではなく、自分で探した語学学校に入学。もんもんとする日々の中、留学前に彫刻学科研究室の助手から「ドイツへ行くなら開発好明さん(現、版画・彫刻・メディア芸術非常勤講師)に会いに行くといいよ」と言われたことを思い出したという。

「すぐに開発さんに連絡したところ『遊びにおいでよ』と軽く言われて(笑)。ベルリンまで会いに行き、彫刻をやりたいと話したら、ドレスデン美術大学を卒業した友人を紹介されて。さらに、大学を案内されている時に偶然出会い、作品を見せた相手が、後に恩師となる彫刻家のマーティン・ホナート先生だったんです」

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▲インスタレーション内の作品『あの山にカラスがいる/Crows live in that mountain』の部分画像

思い切ったドイツ留学が作家としての可能性に光を当てた

「自分が何者になるのかも分からない状態で行った最初の留学では、ホナート先生から自分の作品に全く違う方向から光が当てられているような感覚を受けました」という中谷さん。

5年間の留学を経て一時帰国した2010年に『VOCA展』で奨励賞を受賞。2011年には横浜美術館アートギャラリー1にて個展を開催。2012年に再び文化庁新進芸術家海外研修制度を利用して、ドレスデン造形芸術大学大学院への留学を果たす。帰国後、祖父が住んでいた三重県津市の家をアトリエに改築し、積極的な制作活動を展開した。

「とにかく、どうしたら作品を作り続けられるかだけを考えていました。でも作品を置く場所やアトリエを構えることを考えた時、東京では無理だと。いまもそうなのですが、とにかく振れるサイコロは振る。常に自分を揺り動かして変化を求めている感覚はありますね。必死に藁をもつかむ思いで行動しているうちに、なぜか人や場所との不思議な出会いに恵まれる。その連続で、いまがある気がします」

旺盛な行動力と好奇心が自分に多大な影響を与える人物との出会いを生んだ。そして今年 からは教員という立場で、これまでに培った経験を後輩たちに伝えていこうとしている。

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