【三原康裕×林響太朗】
多摩美は「明日」をつくる場所
そこからすべてがはじまった
「GU×MIHARAYASUHIRO」のスペシャルムービー制作で人気クリエイター2人のタッグが実現

卒業生のデザイナー・三原康裕さんが主宰する「MIHARAYASUHIRO」が若者に人気のファッションブランド「GU」とコラボレーション。同じく卒業生で映像作家の林響太朗さんとタッグを組み、 八王子キャンパス図書館でのスペシャルムービーの撮影が実現しました。その完成と公開を機に、撮影秘話や学生時代のことなどについてお話をうかがいました。

TAMABI e-MAGAZINE 2021.03.05

三原康裕さん(左)、林響太朗さん
2月10日、三原さんのショールームにて取材

大人たちはちゃんと若者たちを見ていると伝えたかった


「美大生」をモチーフにした企画で多摩美タッグを結成

―― 今回、おふたりがタッグを組んだきっかけを教えてください。

三原: GUからお話をいただいたのが2020年の3月で、世間がコロナ禍に陥るタイミングでした。その後、緊急事態宣言が出され、大学が休みになったり就職活動に支障が出たりしているといった話を聞くうちに、若い人たちに向けて何かメッセージを発信したいと考えて。僕自身が多摩美の学生だったこともありますが、次の時代を創造する若者のアイコンとして「美大生」をモチーフにしたファッションをデザインすることになりました。そのCMを撮影するにあたり、ぜひ多摩美の図書館で撮りたいと思ったんです。僕がいた頃にはなかった建物ですが、建築家の伊東豊雄さんの設計で、いろんなメディアで取り上げられていて、卒業生として誇らしかった。映像監督も多摩美の卒業生がいいなと思い、林さんにお声がけしました。

林: シンプルにうれしかったですね。三原さんと一緒にお仕事ができることも、学生時代に慣れ親しんだ多摩美の図書館で撮影ができることも。


―― 三原さんは林さんに、どんな風にオファーをしたんですか?

三原: 僕、林さんに3分くらいしか説明していないんです。「グッド・インスピレーション」っていうテーマで、学生に向けたもので、ちょっとサスティナブル。それしか言ってない。

林: あとは図書館がロケ地だってことくらい(笑)

三原: 「こんな映像にしてほしい」っていうのはちょっと言ってみたんだ、素人だけど。そしたら「ちょっと何を言ってるのかわかりません」って言われて。

林: ほんと、わからなかったんです(笑)

三原: 林さんって怖いなあって思って。名前も作品も知っていたけど、けっこう怖い若者なんだなあって(笑)

林: ははははは。まさかそれで怖いって思われてたとは思ってなかったです。


―― どうしてあまり説明しなかったんですか?

三原: これは賭けじゃなくて、僕の中での正攻法なんです。コラボするうえでいちばん良いのは、林くんが「いや、ここだろう」って感じたポイントを優先してくれること。林くんは今も多摩美で講師として学生と過ごしているし、林くんが見ている図書館の風景の方がリアルだと思うから。

林: 実はそれ、さっき初めて聞いて知ったんです。だから最初しばらくはすごく探りを入れながら三原さんのことをじーっと見てました(笑)

三原: 昔、ロシアのバレエ団とイギリスのオーケストラが10分っていう長さだけを決めて、それぞれ別々に練習して後日ひとつのホールで上演するという実験があって。それが本当に素晴らしかったんですよ。まるっきりズレるところもあるんだけど、バチッと合うところもある。コラボレーションっていうのはそういう「化学反応」であって、どうなるかわからないってところが楽しいし、それがいちばんの醍醐味だと思って、あえて伝えなかったんです。


現場での化学反応から「奇跡」が生まれた

―― 出来上がった映像を見ていかがでしたか?

三原: もうね、奇跡。ロングバージョンのほうは特に。

林: ははははは(笑)

三原: 階段で男の子と女の子がすれ違うシーンが、まるでほんとに同じ時間に撮った感じになってるの。林くんがストップウォッチで計りながら人を動かしていったんじゃないかって思うぐらいぴったり。でもそうじゃなくて、歩くスピードも席を立つシーンも全部モデル任せで、急かすわけでもなく、ずーっと一連の動きがあってそこに来る。それはね、ちょっと鳥肌ものだった。

林: あれは本当にたまたまです。でもやっぱり現場のいちばん面白いところってそういうところだなあっていうのはありますよね。たとえば僕があれこれ計算して「あなたは15秒で歩いてください」とか指示をしたら、モデルさんが自然体じゃなくなっちゃう。ラフにそれぞれの感覚でやってもらって、うまくいったなって感じです。

三原: 大げさかもしれないけど、よくあんなムードで撮れたなと思う。まず知的。やっぱり林くんは知性があるんだなと思った。

林: ははは。いやいやいやいや、多摩美は補欠合格でしたよ(笑)

三原: ものすごく勉強家ですよ。モデルの動きも林くんの中ではたぶん最初からイメージがあった。「GU×MIHARAYASUHIRO」を見せるっていうのが最優先でも、空間が意識できる映像で、多摩美の図書館を舞台にしている意味をちゃんとわかって作ってくれていた。すごく作り込まれた感じがあって、強くて上品な映像になっていた。

林: よかった、そう言ってもらえて。


―― 途中で三原さんも登場されていましたね。

三原: 「ここに座って」って言われて。どのぐらいのタイミングでカメラが来るのかわからないから、「まだ来ない? まだ? やっと来た!」っていう感じでそわそわしてた(笑)

林: スタッフみんなでその場で話し合いをして、三原さんの時間をちゃんと作ろうって。

三原: 思いつきなんです。それもある意味「化学反応」ですね。


―― 多摩美の学生有志もエキストラとして参加していて、撮影前には三原さんが学生たちに熱いメッセージを送ってくれました。

三原: (笑)。あの時はちょっと感情的になっていた部分がありました。

林: 確かにとても熱がこもっていましたよね。あのスピーチを聞いて、改めてすごい先輩だなって思いました。

三原: 「GU×MIHARAYASUHIRO」のデザインを考えていた時は自粛期間で、ひとりでアトリエにいることが多かったせいか、プライベートなコレクションにしたいという気持ちが強かったんです。もっとポップで軽いテーマのほうがいいのかなと思ったこともあったんだけど、こんな世の中でも大人たちはちゃんと若い子たちを見ているし、応援しているよってしっかりと伝えたかった。

林: なるほど。

三原: 特にクリエイションをやる子たちって、どこかで自分の力を見限ったりする時があると思うんですよ。誰もが自分の才能の無さをどこかで感じながらも努力していくっていう。それの繰り返しじゃないですか。僕自身も学生時代は大変だったけど、多摩美で過ごした4年間があって、今の僕がある。恩返しがしたいという気持ちで、あの場を借りて自分の思いを伝えさせてもらいました。

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【三原さんからエキストラの学生たちにエール】 図書館での撮影開始前に行われた、エキストラとして参加した学生たちとのミーティングの中で、三原さんは「GU×MIHARAYASUHIRO」のコンセプトにもなっている "NEVER BEND YOUR HEAD. ALWAYS HOLD IT HIGH.(下を向くな、上を向け)" の言葉を贈り、「コロナの影響もあって将来がとても暗く見えていると思う。だからといってこの暗さと同じ方向を見ていても仕方ない。君たちのクリエイションで次の時代をつくっていってほしい」と力強く話しました。


新しい表現や戦い方を見つけて、時代のその先を提示する人に


未来への一歩を踏み出す時、
友達や先生が背中を押してくれた


―― 学生時代はどう大変だったんですか?

三原: まず、大学に入ること自体が大変だった。僕らの世代はベビーブームで、50人に1人しか受からないような、浪人するのが当たり前の時代だった。福岡の画塾っていう美術予備校に通っていたんだけど、二浪が確定してからはもう本当に毎日が修行だったね。ほぼひとりで絵を描き続けてた。

林: ものすごい倍率だったんですね。

三原: 入った後も、周りはみんな絵がうまいやつばかり。どいつもこいつも天才だった。びっくりするくらいうまかった。でも、いくらうまくても、独自性がないとどんどん潰れていっちゃうから。それで切磋琢磨できたかな、4年間。

林: 多摩美を選んだ理由とかあったんですか?

三原: 当時、多摩美の染織デザインには粟辻博さんがいたんです。僕にとってはデザイン界の唯一無二な存在の人。粟辻さんや田中一光さん、三宅一生さんは憧れの巨匠でした。しかし、僕が3年生の時に粟辻先生は亡くなられてしまって、残念なことに粟辻さんの授業は受けられなかった。それで「代わりになる人は世界中のどこにもいない」存在にならなければと思いました。


―― 林さんはもともと映像志望だったんですか?

林: いえいえ、全然。僕も一浪して情報デザイン学科に入って、2年生の時にたまたまクラブのVJをやっている友達ができて、面白そうだなと思ったのがはじまりです。

三原: おしゃれだなー。

林: AXISの宮崎光弘さんが教授でいらっしゃったのも大きかったですね。1年生の時からよく話しかけに行ってました。

三原: そういう活動能力があるんだよね。

林: いやいや。でも僕が多摩美に入りたいなって思ったのは、バスを降りて坂を登って、緑の中にコンクリートの塊がいっぱいあるのを見た瞬間。「ああ、ここめちゃめちゃいい感じだな」って思ったのをすごく覚えています。図書館も含めて。

三原: きれいになって良かったですよね。僕らの頃はプレハブの建物が茶畑みたいに連なってた(笑)


―― おふたりの世代のギャップってどれくらいあるんですか?

三原: 僕が今48歳で、林くんはいくつ?

林: 31歳です。

三原: 平成生まれ! だからこそなんですよ。平成3年ぐらいにバブルが崩壊して、大人たちが世の中に暗い話題を流しだした後からしか生きてないから、林くんはある意味「被害者」なんです。

林: ははははは! そっかそっか。

三原: それまでは学歴社会で、良い大学に行けば良い就職先があって、終身雇用っていう虚像があったの。バブルの崩壊で本当に虚像だったことが露見したんだけどね。僕は運がよかったことにちょっとひねくれていたところがあったから、「終身雇用なんてありゃしねえだろ」ってどこかで思ってて。それで大学3年で自分のブランドをはじめたんだ。

林: そうだったんですね。

三原: 今もコロナ禍で学生のみんなは本当に大変だと思う。でも、それも長い人生からみたらほんのちょっとのことなんだよ。「自分はこれから何を作って生きていくのか」っていうことを考えたら、良い会社に就職できたとかできなかったとか、そういうことで自分の力が決まってしまうってことはないんだ、絶対。

林: うんうん。

三原: 僕は学生の時に独立して良かったって思ってるけど、でも、自分の意志だけで決め切れたかというとそうじゃない。やっぱり当時の友達とか先生、周りの大人たちが背中を押してくれて、勇気を与えてくれた。あのとき多摩美で出会った人たちの誰か一人でも欠けていたら、今頃どうなっていたか。

林: 人との出会いは僕もそうですね。友達も教授陣もみんなそれぞれの価値観を持ってるから、いろんな刺激を受けられた。

三原: 意外と学科を越えて仲良くなりますよね。勝手に他のところの授業を聞きにいったりとかあったでしょ?

林: ありましたありました。僕はもともとグラフィックデザイン学科志望だったから、グラフの友達に授業内容を聞いて図書館で調べたり。

三原: そうだよね、大学に行っていちばん良かったなって思うのは、アートやデザインが好きな同世代の子たちが日本中から集まる環境だってこと。とにかく熱量がすごかったよ。蜷川実花ちゃんもラーメンズも、ラーメンズと一緒にやっていたニイルセンも、学生当時からメキメキ活動してた。染織デザインの同じクラスにはKIGIの植原亮輔や資生堂の成田久もいた。

林: キューちゃん、同級生ですか? ほんとに?

三原: キューちゃんはライバルだったから(笑)。みんなすごく才能があって、「明日」をつくる人っていうのはこういう人間なんだなって思った。でもやっぱりそれだけじゃないのよ。作ってるものがそれぞれ違うから、お互いに高め合えた。

林: 大学で出会った友達って大事ですよね。僕はライバル意識っていうのはそんなになかったけど、「あいつ、こんなに頑張っているんだな」って励みになった。

三原: そうだね。あらためて振り返ってみても、多摩美でのいろんな出会いが自分のスタートだったと思うね。


―― そういう意味では、今回の出会いも新たなスタートに?

林: もう、本当にそうです。

三原: 僕も17歳年下の林くんと一緒に仕事ができて本望です。

林: ははは! やめてください、ほんとに。怖いから(笑)


作らないことには何もはじまらない
とにかく作って、見てもらうこと


―― 最後に多摩美の後輩たちに、そしてクリエイターを目指すすべての人にメッセージをお願いします。

林: いろんな良いもの、美しいものを見るきっかけになる「遊び」をやってみるといいと思いますね。大学だけじゃなくて、外の世界にもふれてみたり。

三原: 同感です。美しさを勉強すること、本当の意味で。何が正しいかってことがわかるようになると思う。それからとにかく作品を作って、たくさんの人に見てもらうこと。人との出会いがいろんなことに気付かせてくれるし、紹介ゲームみたいに世界が広がっていくんだ。有名になっている人で何もやっていない人なんかいない。僕も学生の時はとにかく必死に作りまくっていた。やっぱり作らないことには何もはじまらないんだよ。

林: 確かに。僕は今のほうが「もっと作らないと!」って思ってる。大学の頃からそう思えていたらよかった。

三原: 僕も今でも、3日も空いたら「なにかやらなきゃ!」ってなる。

林: すごくわかります、その気持ち。

三原: たぶんね、焦ったほうがいいと思うの。テクノロジーとアートの戦いなのか、あるいは共生なのか、僕たちは今、100年に1回の大革命が起きるような時代の変革期の最中にいる。一生懸命勉強して時代についていこうっていうことも含めて、何か新しい表現だったり戦い方だったりを見つけたほうがいいってことを若い子たちにも伝えたいね。モノやコトを生み出せる僕たちは、時代のその先を提示する側にならなきゃいけないんだから。


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