学生と作家の協働によって展覧会を作り上げるアート・プロジェクト
芸術学科「家村ゼミ展2021」

2021年10月4日~19日、八王子キャンパスのアートテーク1階ギャラリーで、芸術学科の展覧会設計ゼミ(担当教員:家村珠代教授、大石雅之非常勤講師)による「今年は、村田朋泰。―ほし 星 ホシ―」展が行われました。このゼミでは、あらかじめ完成形を決めその実現を目指す従来型の展覧会ではなく、作家と一緒になって展覧会を作り上げ、その過程で生まれる試行錯誤の体験全体を「家村ゼミ展」と呼んでいます。今年で5回目の開催となった今回は、人形アニメーション作家の村田朋泰さんとの協働で行われました。村田さんは4月から毎週ゼミに参加し、「生と死」をテーマに学生との対話を重ね、そのなかから作品や展示のイメージを構想。学生とともに作品の試作や実験を繰り返し、「過去・現在・未来」の3つの空間からなる展覧会を作り上げました。

TAMABI e-MAGAZINE 2021.12.24

家村ゼミ展2021「今年は、村田朋泰。―ほし 星 ホシ―」
《ティッシュ / 壁》《フェイクファー / うねり》
人形アニメーション作家の村田朋泰さんがこれまでに制作した作品をモチーフに、
その世界観を「過去・現在・未来」3つの展示空間に再構築した「生と死のあわい」の物語を追体験する展示を開催

学芸員・キュレーターを目指す学生が受講

芸術学科の3・4年生を対象に開講している展覧会設計ゼミは、美術館や博物館、またそれら以外の場所で、展覧会やアート・プロジェクトの企画・運営をおこなう学芸員・キュレーターを目指す学生が受講しています。指導を担当する家村珠代教授は、2009年まで目黒区美術館で学芸員を務めた後、作品と展示空間、建築との関係を念頭に、展覧会という枠組みの可能性を探るインディペンデント・キュレーターとして展覧会を手がけてきました。16年に本学教授に就任、翌17年からは毎年「家村ゼミ展」を開催しています。

家村教授は学生たちがこの「家村ゼミ展」の制作を通して経験するすべての過程が重要であると考え、1年間のゼミ活動全体を「一種のアート・プロジェクト」であるとしています。

「学生たちは4月に作家と出会い、対話と実験を繰り返しながら、作家と協働して展覧会を作り上げます。10月に展覧会を開催した後は、一連の活動の軌跡を一冊のドキュメントにまとめて発行します。ただ単に展覧会を作って終わりではないので、これはもうプロジェクトと呼んだほうがいいと思いました」(家村教授)


今年は、村田朋泰。

「家村ゼミ展」の対象となる作家は前年度の冬に家村教授自身が選定します。新年度の4月から展覧会制作をスタートするためです。今年はMr.Children「HERO」のMVやNHK Eテレアニメ「森のレシオ」などの作品で知られ、「生と死」をテーマに制作を続ける人形アニメーション作家の村田朋泰さん。家村教授が目黒区美術館の学芸員を務めていた2006年に村田さんを抜擢し、作家と学芸員の協働で美術館全館をアニメーションの世界に置き換えるという画期的な展覧会を作り上げました。

展覧会という枠組みの可能性を押し広げようと挑んだ二人が15年の時を経て今回再びタッグを組んだのは、家村教授から依頼を受けた村田さんが「2年にもおよぶコロナ禍のなかで、学生が『生と死』についてどのようなことを感じ、考えているのかを知りたい」と興味を持ったことからです。村田さんは4月のプロジェクト始動以降、毎週来校し、学生との話し合いを重ねながら、学生と一緒に展覧会の構想を練っていきました。

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学生と共に展示作品を制作する村田朋泰さん(写真左)

学内にある大規模ギャラリーの空間を生かした展示構成

学生たちはまず、村田さんから人形アニメーション制作の過程のレクチャーを受け、村田さんがどういう作家であるかを理解するところからスタートしました。村田さんが自身のアニメーション制作のキーワードとして挙げた「マテリアル」「時間」「物語」を意識しつつ、そこから村田さんの作品で頻繫に表現されている「生と死のあわい(間)」について思考を深め、展示構成を検討し、具体化していきました。

「家村ゼミ展」の会場は八王子キャンパス内にあるアートテークギャラリーです。内外から鑑賞可能なガラス張りの部屋、窓がなく天井の低い部屋、面積が広く約9メートルの天井高がある部屋など、異なる特徴をもった複数の展示空間で構成されています。

「学生と村田さんが『生と死』、特に『死』についてどういうことが表現できるかを話し合ったなかで、アートテークギャラリーの特徴を生かし、過去・現在・未来の3つにコンセプトをわけて展示構成を考えてみようとなりました」(家村教授)

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「過去(走馬灯)」のゾーンは内側から赤い半透明のストレッチフィルムを重ね張りして生み出された異空間。床にはスタイロフォーム(建築用の断熱材)で作ったラジコンコースが所狭しと張り巡らされ、その周囲には村田さんの過去のアニメーション作品を映し出すモニターや撮影に使用されたミニチュアセット、キャラクターなどを配置。カメラ付きラジコンが村田さんの創作20年の歳月を走馬灯のように駆け抜ける様子を、展示室の外に置かれたモニターと展示室のガラスの外側からのみ鑑賞する。

作家と一緒に考え、手も動かす。

「生と死」について対話を重ねるなかで、長引くコロナ禍を過ごす学生たちからは「不確かさ」「不透明」「ふれると壊れる」といったイメージの言葉が出てきました。その言葉からインスピレーションを受けて生まれた作品の一つが、「現在」のゾーンに設置された《ティッシュ / 壁》です。学生たちが市販の2枚1組のティッシュを1枚ずつに分け、その1枚ずつを糊で貼り合わせ、幅約2m×高さ約4mの大きさにしたものを21セット作り、カーテンのように展示室の外周部に取り付けました。

「制作にあたり、芸術学棟では長期にわたって専有できる場所の確保がむずかしく、私の研究室やゼミ室で作ったり、共有エリアを使わせてもらったりしました。他の授業があるごとに片付けないといけないので、本当に大変で。夏休みを前にいよいよこのペースでは間に合わないとなったのですが、学生たちはそこで『どうすれば間に合わせることができるのか』と考え、それぞれが自宅で3×3枚ずつ組み合わせたものをたくさん作って持ち寄り、貼り合わせることにしたんです」(家村教授)

ほんの少しの空気の動きにはかなく揺れ、優しくなびく。ティッシュのもつ特性をコロナ禍における人間関係になぞらえた《ティッシュ / 壁》は、触れると破けやすく、強い風に翻弄されますが、壁越しに見える人の温もりを確かに感じられます。村田さんのアニメーション作品「木ノ花ノ咲クヤ森」(2015年)とリンクした《フェイクファー / うねり》、現代の不安を吹き流す厄除け装置として設置された《足踏み / ソーマトロープ》を囲い、過去と未来の「あわい」で、鑑賞者が交差する場所となりました。

「近年では美術館でも『モノ』だけではなく『コト』を展示する、たとえば作る行為そのものや体験を展示するということも増えてきています。自分たちも作家と一緒に考え、手を動かすことで、作家がどういう思想で制作を行っているのか、座学だけでは分からない部分まで理解を深めることができます」(家村教授)

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《ティッシュ / 壁》 に囲まれた 《足踏み / ソーマトロープ》 「現在」のゾーンは、過去と未来の「あわい」で鑑賞者が交差する場所。

「実験」を積み重ねて、展示の最終形を探る

会期前の6月と7月には会場となるアートテークギャラリーに試作品を含めた全作品をいったん運び込み、計6日間をかけてさまざまな「実験」を行いました。

「ガラス張りの展示室を使った『過去』のゾーンは内側から赤い半透明のストレッチフィルムを重ね張りしているのですが、重ねる枚数でどれくらい色の濃さが変わるかを試したり、昼間の見え方と夜の見え方の違いを確認したり。9メートルの高さがある展示室を使った『未来』のゾーンでは、鑑賞者が深い森の暗闇の中で枯葉の上を歩いているような表現をするためにマテリアルを敷き詰めて感触を確かめたり、AR(拡張現実)の見え方やデバイスについても検討を重ねました」(家村教授)

また、《おゆまる / 雨音》という作品で使用した映像の「コマ撮り」も、この実験期間中に行いました。コマ撮りとは物を少しずつ動かしながら1枚ずつ静止画を撮影し、それを順につなげて動いているように見せる映像技法の一つで、村田さんのアニメーション作品でも使用されています。

「熱可塑性エラストマー(商品名:おゆまる)で作った小さな雨粒を皆で並べて、撮影してはまた少しずつ動かして、雨が地面に打ちつける様子を映像で表現しました。実際に展示する会場内で撮影しているからこその臨場感があり、現実と過去の時間とが重なるような作品になりました。体験型の展示にはこうした『実験』は欠かせません。実験でうまくいかなかったところを会期前までに修正して、最終形の展示となりました」(家村教授)

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「おゆまる」で作った小さな雨粒を並べる学生たち



学芸員が加わることで、もっとおもしろい展覧会に

4月の活動開始から作家との対話や展示実験を繰り返し、できあがった展覧会を運営した学生たちは、会期後の11月、村田さんや指導教員の家村教授、大石先生を交えて展覧会の振り返りや展覧会を経て生まれた疑問などを共有し話し合うトークセッションを企画しました。

「トークセッションの企画もそうですが、この半年で学生たちは自発的に発言し行動できるようになり、ものすごく成長したと感じています。昨年度の金氏徹平さんも『学生たちが作家側にこんなに関与するとは思いませんでした』と驚かれていましたが、私は、学生たちに、作家と協働できるような学芸員を目指してほしいと思っています。作家との協働のなかで、作家がモノを作るということがどういうことかをしっかりと理解したうえで、何かちょっと違ったかたちを提案できたら、最初に思い描いていたものよりもっとおもしろいことが起きる展覧会にすることができる。私がこのゼミでいちばんやりたいと思っていることは、そういうことなんです」(家村教授)

コロナ禍のなかで無事開催できたことも学生たちの大きな自信につながりました。家村ゼミ後半戦のドキュメント制作は現在、4年生がバックアップしながら3年生を中心に進められており、振り返りトークセッションの採録も掲載される予定です。

「展覧会を作っているときに自分は何を考えていたのか、あのとき作家が言っていたことはどういうことだったのか、終わってみてはじめてわかることも多い。今回の経験で得られた感覚をきちんと言語化してひとつの紙媒体にまとめ、皆で共有することが重要だと考えています。学生たちは4月の活動開始時からドキュメント制作を見据えて議事録や制作メモをこまめに残し、写真や動画でも記録を残してきました。今度は紙媒体でこの展覧会を再現できるよう取り組んでいます」(家村教授)

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最奥の展示室は本展覧会のクライマックス「未来(死)」のゾーン。9メートル近くある天井高の空間を深い森に見立て、死者が昇天していく様と大地を俯瞰してみる死者の視点の二つの世界を同居させた。大地に点在するサークルは一つの宇宙、煩悩の集合体のようなイメージ。また、古くから円運動を主体とする儀式的な踊り(盆踊りなど) は、死者と生者をつなげる儀式に用いられている。サークル内を鏡面化し、あの世とこの世のあわいとした。タブレット端末で鑑賞するARの世界は情報デザイン卒業生らによる会社の制作。点在する人柱や木々は実際の風景を3Dスキャンしたもので構成した。


学生のうちから作家との接点が持てる環境が大きなアドバンテージ

一般の美術館で『展覧会』という枠を超えようとするのは大変なことですが、学内に大規模なギャラリーがあり、学生との協働で作る『家村ゼミ展』では、作家も学生たちも失敗を恐れず自由なチャレンジをすることができます。

「学生のうちから作家との接点が持てる環境にあるということは、学芸員やキュレーターを目指す人にとっては大きなアドバンテージ。美大にいるというだけでも、経験値がまったく違ってきます。日々自分の作品制作に取り組んでいる人が同じ学内にいて、共通の授業や学食などで隣の席になったり、つなぎを着て歩いているのを見かけたり、学内のいろんなところでいろんな領域の作品展示をやっていたり。たとえ混ざらなくても、作品が生まれる場所にいて、同じ空気を吸っているだけでも、そこに『作家』を感じることができる。学生時代に多くのつながりが持てるとなお良いですね」(家村教授)

過去に行われた家村ゼミ展、特に2019年度「日高理恵子 村瀬恭子 吉澤美香―ドローイングから。」展でも、美大であることの大きな「強み」を感じられました。

「もちろんとても素晴らしい画家なのでお願いしたのですが、皆さん多摩美の教員でもあるのです。そういう方が同じ学内にいるということだけでもすごいこと。さらに他学科の学生との協働も快く引き受けてくださって、高まり合いをもって展覧会ができるということは、本当にすごく贅沢なことです。卒業生とのつながりも心強く、今回のARを制作してくれたのは情報デザイン学科の卒業生らによる会社の方々です。昨年に芸術学科を卒業して地方の美術館の学芸員になった先輩もトークセッションに来てくれたり、他の卒業生も展示を手伝ってくれたり。それはやっぱり『モノを作る楽しさ』でつながるマジックかもしれないですね。そうしたつながりで展覧会が出来ていくのは多摩美ならではのもので、財産だと思います」(家村教授)

家村ゼミの1年間のゼミ活動のうち、前半は展覧会設計、実施運営を挟んで後半はドキュメント制作と続きます。今回参加した学生のひとりは、村田さんとの振り返りのトークセッションのなかで「活動時間が長くて本当に大変だった。でも、『楽しいからいいんだ』と思えた。そう思えたのが自分でもうれしい」と話しました。

「夏休みの実験もそうですが、週1のゼミの時間だけじゃなく、日々積み重ねていく活動です。他の授業の課題もあるなかで、時間に追われて厳しい日々ではありますが、作家と一緒に考えたり、話したり、手を動かしたりして展覧会を作っていくことを楽しんでもらえたら。それが一番大事なことだと思っています」(家村教授)

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開館時間は夕方4時までだったが、会場内のライトは夜7時まで点灯し、ガラスの外から展示が見られるようにした。「ライトがついているだけでも、何かが起きているのかな、何か動いているのかなと考えます。自分の頭のなかで、想像でもう一つの展覧会が広がっていく。それも展覧会のおもしろみの一つです」(家村教授)

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