【谷保玲奈】
「第8回東山魁夷記念 日経日本画大賞」で大賞を受賞
多摩美での経験が自信となり、日本画家としての道を歩む

12年大学院日本画修了の谷保玲奈さんが今年、次代の美術界を担う新進気鋭の日本画家を表彰する「第8回 東山魁夷記念 日経日本画大賞」で大賞を受賞しました。受賞作は《共鳴(きょうめい)/蒐荷(しゅうか)》という2つの作品からなり、そのうち2020年に制作された《蒐荷》は、谷保さんが「絵を描く気力さえも失いかけた」と語るほどに苦悩したコロナ禍で生まれた作品です。その背景や作品への思い、日本画を志した理由や多摩美での学生時代などについてお話をうかがいました。

TAMABI e-MAGAZINE 2021.10.28

谷保玲奈 《共鳴/蒐荷》
「第8回東山魁夷記念 日経日本画大賞」大賞受賞作品
2020年 横浜・三渓園内旧燈明寺本堂での展示風景

受賞作はコロナ禍で改めて日本画と向き合い、
力の限りを注ぎ込んだ作品


―― 第8回「東山魁夷記念 日経日本画大賞展」大賞受賞、おめでとうございます。

ありがとうございます。同展には学生時代からたびたびエントリーしていたのですが、4度目の出品となった今回の第8回展でようやく大賞受賞を果たすことができました。電話で第一報を受けた時は本当にうれしく思いました。

―― 受賞作《共鳴/蒐荷》についてお聞かせください。

2020年3月から1年間、絵画研修のためにメキシコに滞在する予定でした。ところが、新型コロナウイルスの世界的感染拡大のために渡航を断念せざるを得なくなってしまって。美術館も次々と閉鎖され、制作への気力さえも消え失せた時期がありました。でも、作品を発表する場が次々と失われていく一方で、こんな時代だからこそできることがあるのではないかという考えが湧き上がってきたんです。

《共鳴》は2018年に描き上げていたものですが、その連作となる《蒐荷》は、自粛中に思索を重ね、何かに突き動かされるように描いた作品です。この雌雄異株ともいえる一対の作品を、今までとは違う場所で発表したいという思いが生まれ、2020年秋、横浜・三渓園内にある旧燈明寺本堂(国指定重要文化財)で展示しました。自然光が差し込む開放的なこの空間をひとめで気に入ったのがその理由です。

また、《共鳴/蒐荷》はもともと映像で残したいという強い思いがあり、当時私が暮らしていた横須賀の海辺で撮影した映像作品《condition_ 引力 gravity》を本堂内で同時上映しました。刻一刻と変化する夜明け前の砂浜で、波打ち際に置かれた2点の絵画が暗闇の中から浮かび上がる様子を記録したこの映像作品は、私にとって初の実験的な試みとなりました。

今回の日経日本画大賞受賞は、こうした映像表現を含め、美術館やギャラリーとは違った建築空間による鑑賞方法も評価していただいたものと思っています。コロナ禍という状況の下、国内に留まったことで改めて日本画と向き合い、回帰し、力の限りを注ぎ込んだこの作品が受賞したことは、私にとってとても大きな意味があり、「まだまだ描いてていいんだよ」と言われたような気がしました。

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夜明けとともに波打ち際に置かれた《共鳴/蒐荷》が暗闇の中から浮かび上がる映像作品《condition_ 引力 gravity》も制作
(ビデオグラファー:岡安賢一)

―― 谷保さんの作品は何をモチーフにされているのでしょうか?

基本的には、私が日常生活の中で目にしたものを画面の中に構成しています。たとえば散歩をしながら出合った植物や昆虫、海辺で目にした海洋生物など、身近な自然の中で実際に出合ったものを題材にすることがほとんどですね。

《共鳴》では鮮やかに秋の野に咲くケイトウをモチーフに、時間の経過やその場の空気感が作品の中で響き合う姿をイメージしながら表現しました。《蒐荷》は蕾も花も枯れた姿も美しいアジサイを画面の中にたくさん描いた作品です。どちらも大好きな花がテーマになっています。私が作品で描きたいと思うものは、学生の頃から変わることなく一貫して海や陸の生きものたちの姿です。多摩美時代は、手付かずの裏山や森を歩きながら見つけたキノコを夢中で描いていましたね。広大な自然に囲まれたキャンパスは、日本画の題材の宝庫でした。

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《共鳴》
236×388 cm 2018年

在学時に作家として生きていくことを決意


―― 日本画を志したのはなぜですか? また多摩美に入った理由について教えてください。

私は親の仕事の関係で、幼少期を海外で過ごしました。小学1年から6年まではカリブ海に面したドミニカ共和国で、中学1~2年は南米ボリビアで暮らしていたのです。母国からずっと離れて生活していたこともあって、子供の頃から日本に憧れを抱いていました。日本画に興味を持ったのも「日本画」というネーミングに惹かれたのが一番の理由です。単純に「カッコいい!」と思ったんですよ(笑)。日本に帰国した直後の高校時代には、理系の大学と美大の両方を受験しようと考えていたのですが、最終的には美術の道を選び、多摩美の日本画専攻に入学しました。

―― 海外で過ごした経験は谷保さんの作品にどんな影響を与えましたか?

最近になって、子どもの頃の海外での体験が自分の作品に大きく影響していることを感じるようになりました。当時住んでいた家の周りは、色鮮やかなブーゲンビリアやざくろの木々がたくさんあり、目の前には海が広がっているような自然豊かな環境でした。私が作品の中でよく使う赤や朱、オレンジ色などの暖色系、青、群青といった寒色系は、幼い頃に目にした色彩の記憶が無意識のうちに現れているのかもしれません。周囲の人からもよく言われます。

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《蒐荷》
236×388 cm 2020年

―― 多摩美ではどのような学生時代を過ごされましたか? エピソードなどを聞かせてください。

多摩美の日本画専攻に入学したことで、自分らしくのびのびと好きな絵を描くことができたように思います。週末はアルバイトに出かけることもありましたが、平日は大学でほぼ1日中作品を描き続けていました。朝早い時間から絵を描くのが好きだったので、誰もいない日本画のアトリエで大作に取り組むこともしばしば。午前中の澄んだ空気が清々しくて、とても気持ち良かったことを覚えています。当時から日本画のアトリエには床暖房が入っていたので、冬でも暖かな環境の中で制作に没頭することができました。

大学4年の時、画廊の方から声をかけていただいたことをきっかけに作品が少しずつ世に出るようになり、大学院生の頃にはすでに半分作家のような学生時代を送っていました。「このまま好きな絵を描き続けよう」と早い段階で決意することができました。多摩美在学中にさまざまな経験を積んだことが自信となり、今の作家生活にもつながっています。

―― 影響を受けた先生や今も印象に残っている授業はありますか?

多摩美の先生方と私たち学生との間には常に程よい距離感があって、自分の感覚を信じて絵を描くにはとても良い環境だったと思いますね。特に私には、そんな多摩美の自由な校風が合っていました。普段は黙って見守りながら、必要な時にはちゃんと声をかけてくれて、その一言がまた刺さるんですよ(笑)。4年生の時、当時日本画専攻の教授として教鞭をとられていた米谷清和先生がアトリエにふらっと立ち寄られ、私の作品を見て「谷保はそのままいけばいい、大丈夫だよ」と言ってくださったことがありました。迷っている時に背中をそっと押してもらったようで、「じゃあ、このまま行こう!」と自信がもてたのを今でもはっきりと覚えています。先生と学生の間には、常に信頼関係があったように思います。

専門領域以外の授業では、特に印象に残っているのが共通教育で学んだ「民俗学」です。民間伝承や自然崇拝、生活文化の歴史を紐解くような授業はとても面白くて、それをきっかけに図書館に通って関連の専門書を読みあさりました。学生の頃から生物学や解剖学などにも興味があり、制作の合間に生物の生態系などについていろいろ調べたりしていましたね。当時の私は絵画をたくさん鑑賞すること以上に、本を読んで思考を深めることの方が多く、今こうして絵を描くうえでその知識がとても役に立っています。

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インタビューに応える谷保さん(9月21日、神奈川県・葉山のアトリエにて撮影)

時間をかけて追求したくなるのが日本画の魅力。
《出生》をテーマに新たな展開へ


―― 日本画の魅力はどういったところにあるとお考えでしょうか。

何といっても「言うことを聞かない」ところにあると思います。絵の具がなかなか思い通りに発色してくれなかったり、同じ画材を使っているのに、その時々で全然うまくいかなかったり。日本画を描く道具に即妙筆(そくみょうふで)があります。『即妙』とは、「気が利く」とか「その場に即応する」といった意味なのですが、その名前からして日本画の難しさを物語っているように感じます。でも失敗からも思わぬ発見があり、いつも同じとは限らないからこそ、時間をかけて追求したいと思わせてくれるのが日本画の魅力です。

私は絵を描く時、よく作品と対話します。絵とやりとりをするうちに一つひとつのモチーフの「人格」が現れてきて、生きるエネルギーが宿るのを感じる瞬間があるんです。そんな時、自然がもつ豊かな生命力を日本画ならではの絵具の美しさで表現していきたいと思いますね。

―― 今後の目標について聞かせてください。

2022年3月に横浜市民ギャラリーでの個展が決まっていて、版画やスケッチ、新しい映像などの新作を含めた展示にしたいと思い、日々取り組んでいます。また、これはまだ先の話になりますが、いつか《共鳴/蒐荷》に続く第3作を制作したいと思っています。《出生》という新たなテーマで構想を練っているところです。

実は来年の春、わが家に新しい家族が誕生する予定です。私自身、これまでも自然と向き合いながら生きものの姿を表現してきましたが、出産という初めての体験がこれからの作品にどのように影響するのか、不安でもあり楽しみでもあります。子育てをしながら今まで以上にリアリティのある絵を描きたい。やっぱり私は根っからの絵描きなんだと思います。これから先も「まだまだ描いてていいんだよ」と言ってもらえるように頑張ります。

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主体的に行動すると、
学びの可能性は無限大に広がる


―― それでは最後に、谷保さんから後輩たちへのメッセージをお願いします。

学生時代はものすごく贅沢な時間であり、そして本当に好きなことに没頭できる素晴らしい時間です。将来への不安や人間関係など、悩み事の多い時期かもしれませんが、大学の4年間は「好きなこと」に集中してほしいと思います。また、誰かが何かをしてくれるのを待っているだけでは何も始まりません。受け身でいると物足りないことばかりですが「自分で何かをやってみよう」と主体的に行動すると、学びの可能性は無限大に広がるはずです。私はよく授業や制作の合間に博物館や水族館に行きました。多摩美のキャンパスを歩くだけでもいろいろな発見がありました。多摩美には、学生たちが好きなことを追求できる環境があちこちにあります。

そして、好きなことに集中していると自然とまわりに応援してくれる人たちが集まってくるものです。作品作りは孤独ですが、学生時代にいろんなアワードに挑戦するのもオススメです。絵画は思いがけないサプライズを与えてくれます。「どんなことでも追求したもの勝ち」と私は思います。心置きなく後悔のない時間を多摩美で過ごしてください。

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